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自分たちがどういう街に住みたいかということを我々だけでなく、世界中が考え始めているということを最初にお話させていただきます。本日の基本テーマである「私たちはそこの市民でありたい」に、このことがよく現れています。 つまり、社会というのはほったらかしておくと劣化していくので、みんなが参加して何かやろうということです。社会は、人が集まって村になり、町になり、市になり、県になります。行政の方に任しておいたらおのずとうまくいくと思える時期、思えた時期は非常に短く、行政任せにしておいて参加ということを意識しなければ、すぐに社会は劣化していってしまいます。いろんな国や社会が劣化をどのように防ぐかということで、それぞれが個性のある特徴ある活動を続けてきています。 |
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12年前に、アメリカの日本大使館にいたのですが、当時、日本企業はアメリカのコミュニティ、地域社会から非難されていました。理由は、地域の行事、例えばPTAとか自分たちの子どもたちが通っている学校の行事に日本人は全然参加してこないということと地域に寄付をしないということです。 当時、アメリカでは、お母さんは英語が不得意で、自分の子どものPTAにも行けず、お父さんも駐在員として忙しすぎて行けない状況でした。PTAの場では、この学校をどうしようか、どうやって質のいい学校にしていこうかということをみんなで話をしたり、運動しようとしているので、参加してこないのは、自分の子どもに知識だけ教えてもらえればいいと思っているのだと大変な非難を受けました。また、最近は随分変わってきていますが、寄付についても、アメリカ文化と日本文化の違いがあります。日本では、寄付というのは経済的に若干余裕ができたら、余裕の部分を社会に奉仕するというものでした。一方、アメリカは自分たちでこのコミュニティを支えるわけですから、寄付をするというのは自分もコミュニティの一員であると認めてくれということ、つまり寄付をするというのは義務ではなく、権利だという考え方がアメリカ社会ではあったわけです。 日本から来られる工場長さんは、現地ですぐにボーイスカウトや美術館や高齢者用のケアをやっているグループなどから寄付の申し出を受けます。寄付の権限など持たされてアメリカに来ているわけではないので、本社に要請するわけですが、2ヶ月ぐらいかかって結果はノー。これでは日本企業はアメリカ社会では受け入れてもらえません。 大使館の私と全米各地におられた企業の方々と勉強会をして、その中でいろんなことを学んでいきました。例えばアメリカ社会では政府は後からついてきています。自分たちのまちは自分たちの手で質を維持していくという強烈な意識があります。日本のように、生まれたときから非常に優秀な行政のシステムがあって、その中で育った私たちが戸惑うのも無理ありません。 |
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イギリスも1980年代初め、サッチャー首相が出てくるまで非常に沈滞した状態が続きました。地域でも美観を維持する、環境を維持するという財力も活力もない時代が長く続いていて、そのときにイギリスの環境省(環境庁+自治省の役割を果たすもの)がこのままでは放っておけない。かといって、国が全て面倒みるという発想ではうまくいかないし、長続きしないので、ファンドを設けて、地域住民のイニシアチブで使っていってもらうとういうように発想を変えました。 バーミンガムの人は、町の郊外で、かつて鉄道が走っていた周囲の空き地が、いろんなところからゴミが持ち込まれ、ゴミの集積場になってしまったところに目を向けました。美観は損なわれ、衛生上も悪く、そこに住む市民としても屈辱的でした。「私たちは世界的に有名な産業革命の発祥の地なのにその街の外れが勝手にゴミ捨て場にされている」という、怒りと何か向上させたいという気持ちで住民が集まり、住民たちが自分たちでこのゴミ捨て場のゴミを全部処分して、どうしたいかということを自分たちで考えることにしたわけです。 その運動の中核となる公園の設計技師が、公園整備の設計図を引き、多くの住民もそれに賛成して、いろいろな肉体労働を分担しました。設計図をただで技師が作り、ゴミは住民が分担して処理をするとしても、若干のお金はかかるので、バーミンガム市は、その環境省が持っている基金を引き出しました。 これが、グラウンドワークとして定着していきました。今は、イギリス各地に定着したといってもいいでしょうね。彼らに話を聞きに行きますと 「これは単なる環境保全じゃないんだ、参加の運動なんだ」と言います。これがイギリスの例です。 |
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99年の5月に、ペンシルバニアの大学に行って、向こうの大学の先生に、アメリカにおいて日本がどのように言われているか、情報を全部東京に送ってくれと言う交渉を行っていました。その教授がいいよというわけで、1日あたりいくらくらい必要かと言う話になり、60ドルでどうかと言われて私は驚きました。60ドルって6千円です。学生が10人ほどで分担してやってくれると言うので、学生に報酬を払わなくてはと言うとそれは奨学金が出ると言うわけです。 この後、いろんな企業の方にそんな話をしたところ、日産自動車さんが自分の所でやってみましょうということで今15人の学生が、8つのNPOに3ヶ月コース、6ヶ月コースで仕事をしています。単純労働には使わないで下さいと言ってあり、最初の一月間でそのNPOがどういうものなのかじっくり教え、その後、5ヶ月間何かまとまった仕事をしてもらいます。検索システムをつくるとか、NPOと厚生省とで新しい制度づくりを行う会議の議事録づくりなどで、その間の奨学金は日産さんがもちました。議事録づくりに携わった学生たちは行政、特に中央官庁の発想、協働で議論する場合の留意点を学んでそのNPOを卒業しました。 この日本で若者の質が劣化しているのではないか、相当下がってきているのではないか、これで国際社会を生きていけるのか、この国の今の若者たちの問題と、若者に機会を少ししか与えていない我々の問題、つまり社会の劣化に対してのささやかな一つの答えだと思います。 |
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社会の劣化を防ぐための要の一つが、NPOとパートナーシップを組んで社会を守っていくということで、それが21世紀の課題だと考え、昨年末の朝日新聞にそういう新しい価値の創造に企業も参加しようではないかと申し上げました。 NPOと企業とのパートナーシップをつくるのに大切なことは3つあります。一つは、「ミッション」です。何のためか、これで我々は何をするのかということをはっきりさせておく。具体的なアクションに結びつくミッションです。 2番目は「this is my baby」です。このような気持ちをプログラムに対してもてる人がNPO、企業の両方にいないとうまくいきません。何か上から言われたからやるというような姿勢や、今、企業とおつきあいしとけばいいだろうというような気持ちではまずうまくいきません。どんなにいいプログラムでもやっていく上で課題にぶつかります。そこで理屈を超えて「それは私のベイビーだ」と守り抜いていく人がいるかいないかで決まってきます。 3番目は「バランス」ですね。2番目の気持ちで取り組む人は、往々にしてのめり込んで孤立して周りの人がついてこない。プログラムをかわいがりすぎて、ついには排他的、独善的になってしまいます。そうならないようにバランスをとっていく、それはリーダーかもしれないし、ドラッカーのいうメンター(後見人)、つまり一歩下がったところで見守り、のめり込みすぎて、周囲から浮き上がって全体をつぶしてしまわないようにバランスをとる役目を果たす人物が必要です。この3つを考えながら、パートナーシップを育てていかなければならないと思います。 |
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【このフォーラムの内容(基調講演・パネルディスカッション)の報告書を作成中です。 |
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