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「木は生きている」
おかみさんは踏台の木の塊をいとしげに撫でながらいう。
「この台がここでの私の今日までの生活をみんな知っているんですよ」
日野商人本宅調査の聞取り中のことであった。五〇×三〇cmに高さが二〇cmほどの木の塊は長年の間に拭きこまれて独特の光沢をはなつ。
「この家にお嫁にきて、最初に上へあがったのが、この踏台からだいどこ(現在のダイニング・リビングルーム)へだった」。
当時の本宅のおかみさんは地域の丁稚候補者である子供たちに読み書き算盤を教え、子供の性格や向不向を見定めて出店へ送り出す任務を果たしていた。種々の心労があったであろう。
木は呼吸するという。あの塊はおかみさんの心の言葉を黙って聞き、ときには励ましていたのであろう。そして、この家の柱や梁は代々の家人の思いを聞き、この吹き抜けの空間に抱き込み、座敷の床の間や仏間に家の誇りと先祖への感謝を表してきたのであろう。このことを次代の人々に伝えたいと思い、重い調査道具を抱えて、今日も調査地に向かっている。
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