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淡海ネットワークセンター(Ohmi Network Center for Voluntaly Organizations)
淡海ネットワークセンターは、地域や社会の課題解決に自主的に取り組むNPOや市民活動をサポートしています。


NPO対談■ 藤井絢子さん(滋賀県環境生活協同組合理事長)
         寺川庄蔵さん(びわ湖自然環境ネットワーク代表)

児童虐待を防止する市民団体の取り組み

 日本一大きな湖である琵琶湖。滋賀県民にとって、琵琶湖は「あって当たり前」的な存在です。しかし、琵琶湖は滋賀県民だけのものではなく、琵琶湖淀川水系の多くの住民の生活に影響します。多くの流域住民の生活に密接する琵琶湖の環境を左右するのは滋賀県民の琵琶湖への関わり方です。 今回のおうみネットでは、琵琶湖にこだわり活動を続けている滋賀県環境生活協同組合理事長・藤井絢子さんとびわ湖自然環境ネットワーク代表・寺川庄蔵さんに環境問題への「こだわり」を語っていただきました。

藤井絢子(ふじいあやこ)さん
滋賀県環境生活協同組合理事長

寺川庄蔵(てらかわしょうぞう)さん
びわ湖自然環境ネットワーク代表



活動のきっかけについて教えてください。

寺川 もともと比良山を中心に山登りが好きだったんです。登山をしている時にゴミがたくさん落ちていて、「いっぺんゴミでも拾おうか」ということから始めました。ゴミ拾いなんてあまり楽しいことじゃないでしょう?でも、一度やると、「何かいいことやった」という満足感というか、結構おもしろかった。じゃ、毎年続けていこうということになり、そして他の山でもできないか、と広げていきました。当時は開発ブームの真っ最中で、ゴミだけでなく林道建設やスキー場開発など自然が破壊されている現場に出会い、いろんな開発問題などに取り組み始めました。その後、県内の様々な地域で、環境問題に関わる団体の情報交換、意見交換の場として、1990年7月にびわ湖自然環境ネットワーク(FLB)を立ち上げました。


藤井 私が環境問題に関心を持ったのは、学生の頃、水俣の作家石牟礼道子さんが書いた『苦海浄土 わが水俣病』に衝撃を受けたことです。その後、夫の転勤で守山へ移り住み、琵琶湖との関わりができました。不知火海(しらぬい)の水は太平洋に出ますが、琵琶湖は出口が瀬田川一本の閉鎖水域です。ここで水質破壊が起きたら、水俣どころじゃないと感じました。1977年の赤潮の発生が契機になって、琵琶湖の富栄養化の防止のために「せっけん運動」に取り組みました。そういうことから、原点は「ミナマタ」だと言えます。

◎藤井さんの著書「菜の花エコ革命」

◎びわ湖よしよしプロジェクト報告書



活動を続けてこられて当初との違いを教えてください。

藤井 環境生協を立ち上げ、合併浄化槽の普及をはじめ、琵琶湖に注ぐ水の浄化をどうするかということに取り組んできましたが、琵琶湖の水質は一向によくならない。問題はそんなにシンプルじゃないんですね。様々な要因が複雑に関係している。その中で琵琶湖そのものじゃなくて、琵琶湖をとりまく流域全体で、住民がどれだけ自分の問題として関われるか、自分たちの暮らし全体に目を向け、暮らし方そのものを再点検する活動に変わってきました。


寺川 FLB設立後、淡海ネットワークセンターはじめ、いろんな情報交換の場や交流の場ができ、行政にも、NGOと協力関係が必要という考えが強まってきて、本来の使命を果たしたのではということで2001年1月から、それまでの情報・意見交換の組織から、個々の人が滋賀県の自然と環境を守っていく、一人一人が行動していく組織に切り替えました。

現在取り組んでいること、NPOだからできたこと。

寺川 「よしよしプロジェクト」については、昨年からやり始めましたが、見事に失敗。今年は成功まではいっていませんが、ヨシが根付いて出てきたので、一歩前進したかと。ある意味、行政は一つの形を作らないといけない。失敗を許されない存在ですね。それに比べれば僕らは気楽にチャレンジできる。今、森が死んでいるということが琵琶湖の汚れる原因の一つでしょう。間伐材を利用するこのスタイルでヨシがうまく活着することになれば、森林と琵琶湖とのつながりもできてくるので、新しい提案が出来るかと思っています。

◎「よしよしプロジェクト」で消波堤を作る様子 ◎完成された消波堤


藤井 琵琶湖と森林をつなげる方法にはいろいろあります。寺川さんがやっておられるように直接、琵琶湖とつなげることや、もうひとつはエネルギーもあります。ただ「森の再生計画」とか「資源循環型社会の構築」とか言ってもまちの人は動きません。そこで考えたのが、「マツタケ山再生計画」です。松茸が昔のように生えるためには里山に手を入れる必要があります。実際には森の再生計画なんですが、「木質バイオマスを利用しましょう」では人は動かないんです。地域の人が自分の問題として動かないと運動は進みません。仕組みづくりが難しいんですよね。でもこれが森に目を向けていく一つの向け方かと思います。


寺川 いい提案をすれば小さくても大きく広がる可能性がありますね。そういう意味では、例えば清掃登山も、比良山で1973年に始めて、その後全国に広がっていきました。誰でもできることが大事なんです。最近はエベレストで清掃登山するところまでつながっています。


藤井 「菜の花プロジェクト」もいろんな参加の仕方、関わり方が出来ます。そこには、「楽しさ」「わかりやすさ」があるんです。だから全国に広がっているんだと思います。そういうことでは、清掃登山も同じでしょう。こういう継続性の事業は行政では発想にあがってもできないんです。行政の施策には継続性がないでしょう? 地域の暮らしは継続。自然を相手にするときはもっと長い継続性を持って行動し考えなければならないでしょう。


寺川 それは行政の仕組みとNPOの違いだと思います。僕は両者のハードルは本当はそんなに高くないと思う。ただ行政はそれを超えられずに悶々としているんだと思います。

◎ナタネ油にするために栽培している愛東町の菜の花畑 ◎環境生協が販売しているエコ商品

NPO(NGO)の限界について。

藤井 運動は楽しくないとやらないけれど、それだけでは時代は変わらない。「したたかに時代を読み解いてシナリオを作って、発信していく」ということがないと世の中は変えられないわけで、時代をどう読み解くか、そして読み解きながらそれをどう高めていくのかの仕組みが必要だと思います。その点を私も寺川さんも悩んでいるところだと思います。そこで必要となるのが専門性です。自分たちのこの動きを高めるためにはどういう専門家が加わってくれればいいのか、ということを私は常に思って行動しています。例えば政策提言するにしても、「時代を変える一つのヒントになるぞ」となるには、官僚や政治家に「うん」と言わせなければならない。そのためには、したたかに絵を描く必要がある。同時に豊富な人のネットワークを持つことがとても重要だと思います。


寺川 これまでのNGOの運動を見ていて思うのは一過性の問題です。例えば琵琶湖を守るためにゴルフ場反対とか言うが、ゴルフ場がなくなっても、琵琶湖を守るという認識があるなら、ゴルフ場以外にもいろいろ問題があるはず。だから引き続きそういう意識を持ち続けてほしいし行動してほしいが、なかなかそこまで行きません。そこで、「水上バイク」問題で僕らが考えたのは、これまでのように「行政に頼んで何とかしてもらう」「条例を作ってくれ」と言うだけでなくて、自分たちで条例の提案を作ろうということになりました。この動きは、それに対するおもしろさと同時に、運動団体の弱さや論理性が必要なこともわかり、また専門家のアドバイスが必要なことから、新しいつながりも出来るようになりました。その結果、全国に発信しても恥ずかしくないものができました。この経験から、一過性とか論理性を克服して連帯が加われば、今後は一定の主導性を持ち、先見的な提案をしながら時代を拓いていけるような気がします。

行動に移せない人や次世代に向けて何かアドバイスを。

藤井 長年、水俣病に取り組んでこられた原田正純医師が「地球環境問題は子宮環境問題だ」と述べられたことに感銘を受け、「いのちと食」にこだわって活動してきました。寺川さんと私は同年代で、子どもの頃の原体験が大きいと思います。生き物や自然に体全体で親しんでいます。そういう体験があると、山の痛みが自分の痛みと感じる。そうすると、はじめは感性のみで行動しますが、後は「開発の問題って何なの」と論理的になっていきます。そのように活動は変化していくと思います。子どもの頃の原体験ということで言えば、親も忙しくて、周りの環境からも自然とふれ合わせていないと悲観される親御さんもいらっしゃるかも知れませんが、私たちの子どもの頃はほったらかしでしたでしょう。だから親が教えるとか考えなくていいと思います。ただ、社会に様々な場がなければ、学校や行政に頼むのではなく、私たち自身がそこをどういう風に子どもたちと共に準備していくのか考えていく必要はあります。


寺川 僕は清掃登山を出発点にその後いろいろな問題が見えてきて、それに対して問題意識を持ち始め、「自分が好きな山、自然を守るのが自分の使命」と思い、いろんな問題に取り組みだしました。具体的に目に見えている部分から入っていくことが多いんですね。今、行動していない人は、行動を起こすきっかけというか、切実感がまだないのでしょう。最近、女性は元気ですが、男性は会社や職場でヘトヘトになっているので、残念ながら、そこからはいい考えは出てこないような気がします。ただ、僕が悲観しないのは、みんなが変わらないと世の中変わらない、というのじゃなくて、百人のうち一人が変われば変わると思う。そういう点では、一人が変わっていくような仕組みが我々にできるならばその可能性はあると思います。

今日はどうもありがとうございました。


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